沿革

大正4年5月 初代院長、奥島愛治郎、松山市一番町に奥島外科病院70床を開設。
昭和20年7月 病床数100床の規模にて診療のところ戦災に遭い焼失。
昭和20年10月 松山市梅津寺町に診療所を開設。
昭和28年10月 奥島愛治郎院長死去のため、梅津寺診療所を閉鎖。
昭和29年2月 松山市道後町688(現在地)に奥島外科病院を開設。
院長に奥島団四郎就任。病床数42床。
昭和32年8月 病床122床増床し、計164床(一般53床、結核111床)となる。
昭和34年4月 整形外科を開設。
昭和41年9月 既存棟鉄筋コンクリート造3階建に接続して、鉄筋コンクリート造、地上6階、
地下1階、塔屋1階を増築、86床を増床し250床(一般200床、結核50床)となった。
昭和57年5月 既存棟鉄筋コンクリート造3階建を解体撤去し、同上に増改築改装工事の許可を得る。結核患者減少により25床減少し、一般を25床増加、250床の内容を変更(一般225床、結核25床)した。
昭和57年7月 既存棟地上6階建を消防法適合のため全館改装。
昭和58年7月 既存棟地上6階建に接続して鉄筋コンクリート造、地上6階、塔屋1階を増築、
医療法第27条の規定により使用の許可を得る。
昭和58年7月 一般病床186床、結核病床25床、計211床に変更。
平成7年2月 一般病床98床を療養型病床群に変更
一般病床88床、療養病床98床、結核病床25床、計211床となる
平成8年8月 医療法第44条の規定により、医療法人団伸会奥島病院の許可を得る。
平成8年9月 結核患者減少のため結核病床(25床)を廃止。
一般病床88床、療養病床98床、計186床に変更。
平成9年4月 新たに泌尿器科、婦人科を新設し、9診療科となる
平成12年4月 療養型病床群のうち3階病棟49床を介護保険適用の病棟へ変更。
一般病床88床、医療型療養48床、介護型療養49床、計185床となる。
平成13年2月 院長に奥島伸治郎就任。
平成15年5月 一般病床87床、医療療養48床、介護療養49床、計184床に変更。
平成16年1月 リハビリテーション科を新設、10診療科となる。
平成21年5月 病院機能評価取得
平成22年4月 介護療養型医療施設を廃止。医療療養に変更。